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護国の会とは

護国の会は、平成時代が終わろうとしていた2019年4月8日に正式に発足しました。

護国の会設立の趣旨

その趣旨は、昭和・平成と同時代を俯瞰してきた声楽家の森敬恵と近現代史研究家・ジャーナリストの水間政憲が共同代表として、両時代の中で日本人が決して忘れてはいけないものを、目に見える形として遺すために設立しました。

実際、山田耕筰先生の記念館が無いことを、近現代史を調査していた過程で知っていた水間政憲が、東京芸術大学声楽科の山田耕筰先生の後輩、森敬恵に「日本人であれば誰でも知っている山田耕筰先生の記念館が日本の何処にも無い不自然な状態を解消するため、東京出身の山田耕筰先生を顕彰するため『山田耕筰記念館設立』を東京都知事に要請することを提案」したことが切っ掛けになり、護国の会の設立の目的になりました。

それを実現する世論を喚起するために、『山田耕筰記念館設立要請コンサート』を入場無料で開催しております。コンサートについては〈こちらのページ〉をご覧ください。
護国の会を運営するに当たっては、コンサートの音楽監督は森敬恵が担当し、その他は水間政憲が担当して運営されています。

役員

  • 護国の会代表 森敬恵(もりとしえ)
    森 敬恵
    山田耕筰記念館設立要請委員会共同代表(声楽家・二期会正会員・護国の会共同代表)

    幼い頃から何時も音楽が私の家にはありました。父も音楽大好きで、母も良く歌を歌っていました。赤トンボ、この道、ペチカ懐かしい思い出と山田先生の歌が一体になり、私の心にあります。声楽で音大に入ってからは「からたちの花」を持ち歌にしたい一心で今も歌わせて頂いています。水間氏から山田先生の記念館がないとの話を伺い、「それは是非建てて、山田耕筰先生に深い感謝の心をお示し致しましょう!」と言う運びになりました。どうか皆様のご支援、ご署名を宜しくお願い致します。

  • 西川京子
    西川京子
    山田耕筰記念館設立要請委員会最高顧問・九州国際大学長・元文科副大臣

    九州国際大学の校歌は、山田耕筰先生の作曲になります。山田耕筰先生も私も東京生まれですが、東京市歌や東京市童謡も山田先生の作曲であるにも拘わらず、いままで記念館が東京にないことが不自然なのです。また、この度、小学生音楽の教科書の「共通教材」から山田耕筰先生の曲が消えたことも不自然ですので、山田耕筰記念館が実現したら、常に「赤とんぼ」や「この道」「からたちの花」の音源を聴くことができるようにする必要があります。

  • 伊藤重行
    伊藤重行
    山田耕筰記念館設立要請委員会筆頭参与・松蔭大学教授

    私の妻が北原白秋の「菊美人」の親族でもあり、北原白秋作詞と山田耕筰作曲の曲には、とくに思い入れがありました。
    両氏の楽曲は108曲ありますが、昭和が遠くなるとますます両氏の曲を聴く機会が少なくなることを寂しく感じておりました。
    そこに友人の水間政憲氏から「山田耕筰記念館設立要請委員会筆頭参与」就任の要請を受け、喜んで受諾させていただいた次第です。日本人であれば、「山田耕筰記念館設立」に反対するものはいないのであり、いっときも早く実現できることを祈っております。

  • 水間政憲
    水間政憲
    山田耕筰記念館設立要請委員会共同代表兼事務総長・近現代史研究家・護国の会共同代表

    令和を目前にした4月8日に「護国の会」は正式に発足しました。同日は、お釈迦様の誕生日ですが戦前のように「花まつり」は盛大に行われておりません。
    令和では、これまでのように「戦前」との文言が通じない世の中になり、明治・大正・昭和の時代に大きな足跡を遺された偉人の中で、国民が忘れてはいけない人物を想定したところ頭に浮かんだのは、「この道」や「赤とんぼ」などの名曲を遺された山田耕筰先生だったのです。
    16年前に山田耕筰先生を調べたことがあり、東京の出身にも拘わらず、東京に記念館がないことは承知していましたので、東京都知事へ設立の呼び掛けをすることになりました。

お問い合わせ先

護国の会

〒166-0001 東京都杉並区阿佐谷北5-4-20 オフィスZON気付

FAX:03-3339-7447

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